filmについてのmemo

 
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『サスペリア』(2018)は基礎工事を怠って瓦解した因果応報の建築である。

すげー期待していた。いや、海外ふくめ一部の批評家筋からずば抜けて評判がよいらしいことは知らなかったし(というかこのところの映画情勢をまるで把握していない)、とくに原作者であるダリオ・アルジェントやルチオ・フルチなど、往年のイタリアンホラーの愛好家でもないのだけど、試写状がか そしてみずからを凌駕するその才能に気づき、嫉妬をかくせないがゆえに、あえてはじめはぶっきらぼうに接してみせるなどするーー(この監督は、たとえば『ミリオンダラー・ベイビー』を、あるいは『セッション』でもなんでもよいが、ちゃんと見たのだろうか)。しかしついにそのようなショットはない。なかったはずだ。とてもあいまいな感じであのシーンは終わったはずで、彼女が歓迎されているのかどうかもさだかではなかった。 まずこのふたりの、吉本隆明なら対幻想とよんだかもしれない関係のエロスを、とことん描きつくすことからしかこの映画の構想=建築は実現しなかったはずである。あるいは、カンパニーに属するほかのダンサーたちの印象のなさはどうしたものか。脇役だからといって、あまりにもぞんざいにあつかわれてはいな